ソメコとオニ
斎藤隆介
1
ソメコは5つだ。ソメコは毎日退屈していた。大人達は,何てつまらない毎日を送っているんだろう。
ソメコのように,一生懸命に遊んだり,生きたりしている者は,誰も居ない。
ソメコが,少し面白くなって,少し夢中になると,大人達は,もう閉口して,斯う言う。
「ソメコ,あっちゃ行って遊べ。いい子だからな。」
そして,行って仕舞う。御父も御母も,兄ちゃんも,姉ちゃんもそうだ。村の小父さん,小母さん達は,遊んで呉れさえもしない。顔を見ると,斯う言う。
「あちさ行け,あちさ。一人で遊べ。いい子だからな。小母さんは仕事で忙しいんだ。」
2
所が在る日,ソメコと幾らでも遊んで呉れる小父さんが来た。ソメコは,角で草を摘んでいた。草は御馳走だ。草っ原は御座敷だ。
「戴きます。何と,本日は善いお天気で。先ず,遠慮なく,上がってたんせ。」
ソメコが一人で遊んでいたら,一人の小父さんが前へ座り込んだ。
「何と,御馳走さんであんす。せば,遠慮なく,戴くす。」
然う言う。少し何所やら,怖い顔をしているんだけど,ソメコは,喜んじまって,泥のお団子まで勧めてしまった。
「まんず,まんず,御飯が御済みなんしたら,この団子も一つ,上がってたんせ。」
「ヘイヘイ,ムゴムゴ,ム,これはンマイ,これはンマイ!」
何所か怖い顔をした小父さんは,美そうに泥団子を食べる真似までして呉れた。
3
斯うしてソメコは,オニに浚われて,オニの岩屋まで来てしまった。
ソメコは,家の者に離れてたった一人岩屋に連れて来られても,泣いたりなんかしなかった。其処か,斯う張り切っていた。
――さあ,小父さんと二人っ切りで遊べるぞ!
連れて来られた珍しい岩屋の中は,彼方此方に路地や横町が有って暗くって,何か面白い事が一杯有りそうだった。
「な! 小父さん! 今度は隠れんぼするべえ!」
「駄目だ。俺は手紙を書くんだ。お前一人で遊べ。」
「テマギなんか書くより,隠れんぼの方が面白いぞ,テマギ止めて,隠れんぼするべ!」
「嫌だ,大事な手紙書くんだからな,お前あっちで,一人で遊べ。」
「ふうん,テマギ,誰に書くんだあ!」
「お前の御父にだ。」
「何て書くんだあ?」
「金の俵一俵,馬に積んで岩屋の前に届ければ,ソメコは返してやる。もし届けねば食っちまう,オニより,ってな。」
「ふうん。じゃ,早く書いちまえ,そして,早く隠れんぼしよう!」
「俺はオニなんだぞ。お前,俺が怖くねえのか?」
「ん,怖くない。隠れんぼしよう!」
「フー……ようし!」
オニはもう,面倒臭くなっちまって,ソメコが泣いたって構わないと思って,人間の姿を止めて,オニの姿に返った。
「アーララ,アララ,御臍が見えら!」
ソメコは,虎の皮の褌1枚の裸のオニの姿を見て,キャッキャと笑った。
「な,お前,オニなら鬼ごっこしよう! さ,おらが逃げるから,早くおらを捕まえれ,さあ,オニサンコチラ,手ノ鳴ルホウヘ!」
ソメコは,ちっちゃい手をピチャンピチャンと打って,オニの周りをちょこまかと跳ねて回った。
岩の机の前に座っているオニは,喧しくって手紙なんぞ書けはしなかった。
4
ソメコが居なくなって,大騒ぎして探しているソメコの御父の家へ,オニから手紙が来た。其れには,斯う書いて有った。
*
「ソメコの御父へ
ソメコの御父よ。ソメコは俺の岩屋に居るから,早く連れに来てくれ,助けてくれ,俺は,ソメコの相手をさせられて,夜も寝られないので頭がおかしくなりそうだ。この手紙も,ソメコと隠れんぼしながら書いている。其れ,ソメコが『モーイイカイ,モーイイカイ』と催促している。マーダダヨ,マーダダヨ,と言いながら,俺は立った儘,此の手紙を書いている。助けてくれ。早くソメコを連れに来てくれ。ソメコを連れて帰ってくれたら,金の俵一俵,馬に積んで遣る。
オニより」
*相手の名前が本文の下にくるのは,手紙の正しい書き方ではない。そこで,相手の名前を教科書本文とは変えて上にした。