教員の資質養成のポイント

野口芳宏先生退官記念講演

平成13年3月７日

北海道教育大学教育学部函館校

・　歓迎の挨拶

　改めましてみなさんこんにちは。ようこそおいでくださいました。お礼申し上げます。

　この大学は申し上げるまでもなく、本来は教員を養成する専門の大学です。私はこのような大学、或いは総合大学で養成された教員と共に三十八年間過ごして参りました。その生活を振り返りながら、私が日頃考えている「小学校現場にはどのような先生が必要なのか」ということを申し上げて、ご批判を戴きたいと存じます。

１．　まず、健全な社会常識を

　先日、私は札幌のある小学校で国語の授業をさせて戴きました。そのクラスの担任の先生は教師になってまだ二年目だそうです。最近は、教師になって一年目、二年目、三年目の先生に出合うと私は「よくもまあ相当の難関を突破したものだなあ」と感心し、尊敬の念を抱きます。私は相当前に、教員採用試験が楽な時に受験しましたので幸せでした。今受験しても、とても受からないと思います。

　ところで、その先生のクラスの子どもたちは、私が教室に入っても無表情でした。子どもたちどころか、担任の先生も無表情で、お辞儀すらしないのです。そういう先生もいるのだなあ、と思って授業を始めました。

　いつもの私の授業には笑う場面もたくさんあって面白いのですが、その授業ではみんなケロッとしていてやりにくく、大変くたびれました。授業が終わってからも、担任の先生は挨拶にも来ませんでした。その日の午後、私の授業に関しての協議会があったのですが、担任の先生は顔も出しませんでした。

　これは極めてまれな例かもしれません。率直に申し上げて、こんな人が受かるのなら、落ちた多くの候補者の中に、もっと教師に適任の人がいたのではないだろうか、という思いにかられました。ああいう先生に一年間受け持たれる子どもたちが気の毒です。

　もちろん私は一年間の中での、たまさかの一時間を垣間見たにすぎません。ほんの一部分をもってすべてを決め付けてしまうようなことは慎むべきだと言う方もあるでしょう。しかし、長い歴史の一コマはゆくりなくもその人の生き方を語るものでありますから、私の思いもあながち責められるべきものではないと考えています。

　小中学校の教師の資質として、まずは健全な社会常識、豊かな人間性、温かな人柄がとても大切だと思います。

２．　「研修」の本義

　「研修」の本義についてお話し申し上げます。公立学校の教師は「教育公務員」と呼ばれ、一般の公務員とは区別されています。そのため「教育公務員特例法」という法律によって身分が保障され、また、特別な身分として制約も受けています。

　この教育公務員特例法第三章は「研修」について規定しています。第十九条には、このように書かれています。

　「教育公務員はその職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」―と。

　そして第二項には、次のように書かれています。

　「教育公務員の任命権者は、教育公務員の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない」―と。

　「研修」という項目は教育公務員固有のものでありまして、職場を離れて研修をすることが本務の一つとされています。

　「研修」という言葉は漢語のような印象を受けますが、実は、漢和辞典には載っていないそうです。つまり、中国語ではなく、日本語なのです。「研究」と「修養」の頭文字を合わせて「研修」と呼んでいます。「研究」というのは、学校現場で子どもをどうするか、という「他者教育」を意味します。それに対して「修養」というのは自分をどうするかという「自己教育」を意味しています。

　私の小学校教師としての生活を振り返ってみますと、「校内研究会」や「公開研究会」や「授業研究会」など、「研究」という言葉のつく集まりはたくさんありました。しかし「修養」という言葉にはついぞ出合うことがありませんでした。

　法文に「研究と修養に努めなければならない」と規定されているにもかかわらず、先生方は専ら「研究」のみに努め、「修養」が棚上げされてきたのは一体なぜなのでしょうか。そしてそのことは、子どもに影響を及ぼさなかったのか、ということに私は強い関心を向けています。

教師は子どもに学力を付けさせるにはどうすれば良いのか、ということを一生懸命考えています。「研究」は他者教育の効率化をいつもテーマにしています。私は「研究」の本質は、「伝達」にあると考えています。伝達の巧みな先生は子どもに学力を付けさせます。

　説明の仕方、話し方、分からせ方、それらは伝達技法の問題です。それを効率よく行うには、技術が必要です。小中学校の教師は伝達の技術において巧みである必要がありますし、どうすれば技術が高まるのかをいつでも「研究」しています。

３．　「研究」に偏る教師

　しかし、教育にはもう一つの大事な側面があります。それは「人間を形成する」ということです。私は大変粗っぽい言い方ですが、学校が担っている役割は二つしかないと考えています。「学力形成」と「人間形成」がそれです。

　教師の熱心さというのは、専ら「学力形成」にのみ偏って意識が向けられてきたように思います。学力形成は伝達によって可能であり、教師がその技術を磨くことは、子どもの学力形成を助けます。従って教師は専ら、伝達のための技術の向上を目指しています。

　私は幸いなことにたくさんの仲間に恵まれ、全国各地へ講演などに出かけます。そこで私に求められるテーマは、「作文の指導法」や「鑑賞指導の進め方」や「話し言葉の高め方」など、殆どすべてが教師の伝達の技術についてです。

　一方、「人間形成」は何によって可能なのでしょうか。私はそれは「感化」ではないかと思っています。感化に必要なのは、その人の人格であり、その人の品性であります。

　私の父も教師でした。退職を迎え、自分の教師人生を振り返って、こんなことを私に言いました。

　「先生方の勉強は『遠心的』だな。もっと品性そのものに目を向けて、人格によって子どもが自ずと感化をうけるような『求心的』な勉強が必要だ」―と。

　「遠心的」というのは、雨の日に傘を回すと遠心力が働いて水が回りに飛ぶように、自分が持っている力で他人を変えようとすることです。外に向けて行う勉強だ、という意味です。「求心的」というのは、自分自身はどうなのか、教師自身はどうあれば良いのか、という内に向けて問う勉強です。

　父の言葉を私はよく思い出します。それは、「研究」と「修養」についての私の考えにぴったり当てはまります。

　研究は「教える」ということがテーマであり、修養は「学ぶ」ということがテーマです。私が教師仲間に対して最も残念に思い、また淋しく思ったのは、「先生というのは、子どもの前に立って教えることは好きだが、自分が教わる、学ぶということは嫌いだ」ということです。誰かが「飲み会でもしよう」と呼びかければ、一気に集まるのに「読書会をやらないか」と呼びかけても、二、三人ぐらいしか集まりません。

４．「学び続ける」大切さ

　私が新卒の教師としてスタートしたその年に組合の大会が開かれ、来賓として招かれた郡のＰＴＡ連絡協議会長が、祝辞でこのようにおっしゃいました。

　「進みつつある教師のみ人を教ふる権利あり」―と。

これは小原国芳先生がたいそうお好きな言葉でいつも口にされていましたが、原典はジェステルリッヒという教育者の言葉だそうです。

　私はこの言葉に出合った時に、本当にその通りだと思い、大変感動しました。以後、及ばずながら私はこの言葉を身に体して進んできたつもりです。そんなこともあって、小学校を退職後に私はこの大学にもご縁を戴くことになったのかもしれません。

　教員の資質の最大のポイントは「学び続ける」ということだと思います。私は何とか学生にそれを養成したいと考えてきましたが、その実をあげないままに退官を迎えます。「今に見ろ、今に見てろもあとわずか」という川柳がありますが、私が退官までに残された日数はあとわずか二十日間です。学生との授業はもうありません。自らの非力を、失敗を託（かこ）つばかりであります。

　私は大学の先生方に出合って、小中学校の先生方との大きな違いを感じました。それは、土・日曜日の学校の様子です。小中学校の場合は誰もいない、廃屋の状態になります。大学は多くの先生方がいらっしゃいます。大学の先生方は一人ひとりが自らの課題をお持ちで、それを解決するために片時も惜しんで学ぶので、平日も休日も関係ないのでしょう。その代わり平日に大学に来ない日もありますから、あながち小中学校の先生方が怠けていると言うことにはなりません。しかし、小中学校の先生方は、命じられたことに汲々として、自ら求めて課題を解決するという志に乏しいという一点がたいそう残念です。

　大学を出た教師にとっては、相手は子どもなんですから、一通りのことを教えるのはたやすいことです。大村はま先生はこのようにおっしゃいました。

　「教師というのは持ち前の知識でその日その日が過ごせる危険な職業である」―と。

その危険性に気が付いて、もっと質の高い教育実践者になろうと心掛ければ大い成長し、大成するのですが、残念なことにそういう先生はごく少数です。私は幸いなことに、その数少ない学ぶ意欲旺盛な全国各地の仲間から声を掛けて戴きます。休みの日に、五、六千円の身銭を切って参加するような一級の教師の前だけで話をさせて戴いています。教師として、これほど果報なことはありません。

５．修養の内容　

①憧れを持つ

　教師たる者は「憧れを持つ」ということがとても大切だと思います。憧れとは、ああいう人になってみたい、ああいう教師になってみたい、という夢であり、ロマンであります。人は、自分が思い描く憧れがあれば、そこに近付こうとして自ずと努力します。憧れを持つということは、自分が到底及ばないレベルの人を師として心の中に持つということでもあります。

　憧れを持たない教師は、自分が一番偉いと考えてしまいます。自分の教室にいるのは年端もいかない、まだ頑是無い子どもばかりです。担任は、最高の権威者であり、権力者ですから、その思い上がりが益々強くなります。「先生と言われるほどの馬鹿でなし」という言葉があります。小さな世界の主となってしまい、世間を甘く見て、軽んじるという、教師にありがちな不遜ぶりを、皮肉を込めてよく言い当てています。

　私は教師になったばかりの頃、字がたいそう下手でした。板書をする度に劣等感を抱き、だんだん黒板を使わなくなりました。「こんな思いで教師を続けるのはたまらないな」と一念発起して、私は齋藤翠谷先生という立派な先生のもとで、書道を習い始めました。このことは私のこれまでの生涯を通じて、我ながら最も天晴な修業であったと思っています。

　「こんなに字が下手な私ですが、習えば少しは上手になるでしょうか」

と齋藤翠谷先生に問いましたところ、

　「下手な者ほど、上手になる」

とおっしゃいました。今、私はその言葉の重みを実感しています。本当にその通りだと思います。私は字が下手な時に五年間習い、ある程度の字が書けるようになって、本当に良かったと思います。

　齋藤翠谷先生はいつも、

　「一つひとつの手本は私の分身だ」

とおっしゃって自ら墨を磨り、ご自分のその時点での力一杯の字を書いて、それを私のお手本にしてくださいました。その字の品格の高く、美しいことと言ったら、襟を正さずには見られないほどでした。「こういう字に近付きたい」という憧れをいつも私は持っていました。

　悪筆な私でも、ごく稀に上手な線が書けることがあります。そんな時は、その線の上に、小さなまるをたくさん並べて褒めてくださいました。字を褒められたことなどない私にとって、天にも昇るような喜びでした。ある時私はあまりに嬉しくて、

　「有り難うございます」

と言って最敬礼をしました。すると、先生は、

　「だけどねえ、野口さん。書くたびにこういう線が出なければダメだよ。技術というものは百発百中でなければいけない。たまに書けるというのでは、単なる物の弾みだよ。百発百中になって初めて技術と言えるのだからねえ」

とおっしゃいました。私はなるほど、と恥ずかしくなり、下げた頭を上げられなくなりました。

　そういうものの言い方ができる先生でしたので、私は大変に憧れ、齋藤翠谷先生の人生観、センス、ユーモアなどもたくさん学びました。「憧れ」というのは自分よりもレベルが高い人に対して抱く感情です。この中には学生さんもおいでですが、是非自分よりもレベルの高い人に憧れ、その人に近付く努力を終生続けてください。それは、生涯伸び続けるための王道でありますから。

②本を読む

　二つめは平凡この上ないことですが「本を読む」ということです。小中学校の先生方は一般に本を読みません。校長仲間と旅行に行ったときのことです。私は旅行の前には必ず新しい小説を一冊買って、旅行中に読み切ることを常としていました。土産物屋さんにバスが止まった時、私は土産物には興味がないものですから、すぐにバスの中に乗り込んで小説を読んでいたところ、戻って来た校長の一人が、

　「おお、文庫本を読んでいるよ。偉いなあ。おれは週刊誌しか読んだことがないや」

と言いました。その一言は彼の生活の一面をはしなくも露呈していると思います。私は彼の読書生活とは言えないような生活を垣間見た気がしてちょっと失望しました。

　校長というのは教師としてはトップの座です。校長になるまでは一生懸命勉強しますが、なってしまえば段々気が緩むものです。本当は校長自身が学んでいる姿を率先して部下に見せることがとても大事なことだと思います。

　本を通じて古今東西の聖人に出合うことができます。本というのは最も手軽で、最も安価で、そして最も文化価値の高いものだと私は考えています。私にとって、本を読むということは大変な楽しみです。さすがに大学の先生は実にたくさんの本をお読みになります。私は先生方の研究室に入りますと、座る場所がないほどに本がたくさんあることに、驚きと尊敬の念を強くしています。

　教育図書の最大手は「明治図書」という出版社です。私の著書の大方は明治図書で出版してもらっています。みなさん、教育図書の初版部数というのはどのくらいだと思いますか。ちなみに日本の小中学校の教師は六十万人ほどいます。「これはよく売れそうだ」というお墨付きの本でさえ、初版は二千五百部が最大です。「まあまあ売れるだろう」という本で二千部です。一般的には千七百部から千八百冊部です。いかに教師が本を読まないか、ということがこの一例からも推測できます。

　角川文庫に「般若心経講義」という本があります。高神覚昇という大正大学の先生が、実に三十代後半にお書きになった本です。私の座右の書ですが、この中に、

　「智慧（知恵）には三つある。『聞慧（もんえ）』と『思慧（しえ）』と『修慧（しゅうえ）』である」

と書かれています。

　「聞慧」とは、聞いて耳に入る智慧のことで、一番浅いものです。聞慧を咀嚼してなるほど、というレベルに達すると「思慧」になります。しかしこれではまだ足りないのです。身をもってそれを修めてようやく「修慧」となります。

　教師の知恵はすべて「修慧」にまで高められなければなりません。大学の講義で私があれも言わねば、これも言わねばという強迫観念に捕われながら伝えてきたことはすべて「聞慧」のレベルです。学生が自らそれを批判的に摂取して血や肉とし、それを行動に移して納得したときにようやく「修慧」というレベルの智慧になるのです。

　こういう知識も本を読まなければ、とても日常生活の中で獲得することはできません。常に読書をするような教師を養成できれば、日本の教育は随分変わってくると思います。

③観を磨く

　三つめは「観を磨く」ということです。「観」とは、ものの見方、感じ方、考え方であります。同じことでも、どう見るかによって、その見え方が随分違ってきます。

　千葉大の附属小でお世話になっていた頃、四宮晟先生という方が私たちの校長として赴任なさいました。四十歳を過ぎてから一念発起して勉強され、教育学博士の学位をお取りになった先生です。私も学生の頃、先生の講義を受けていましたので、とても懐かしい思いでした。

　私は部下としてお世話になることになったので、校長室の四宮先生をお訪ねして、ご挨拶を申し上げました。四宮先生は学生時代の私のことを覚えていてくださいました。先生はこうおっしゃいました。

　「私は高等学校の先生をスタートに、大学の教授も務め、博士の学位もとった。いわば教育者として位人臣を極めたよ。もう私は、私のためにやるべきことはない。これからは、ここまで私を育ててくれた世の中の人たちに恩返しをすることにするよ。附属小学校の校長として赴任したのだから、私は恩返しのつもりで一生懸命働くよ」―と。

　私はそういう気持ちで校長におなりになったのかと感激して、涙ぐみました。「附属小学校の校長にさせられた。とんだ貧乏くじを引いたものだ」という見方も「観」の一つです。四宮先生のように受け止め、率直に部下の前で思いを吐露するのも、所詮は「観」の問題です。

　大槻陳良先生は、私に漢文を教えてくださった千葉大学の先生です。退官なさってから、別の大学に専任教授として赴任なさいました。先生は千葉大のすぐ側にお住まいでしたので、新しい大学はかなり遠くなりました。

　ある時、駅のホームで偶然お会いしました。私は、

　「大槻先生、新しい大学は遠くなって、通勤距離が延びて大変ですね。早起きも大変でしょう」

と申し上げますと先生は、

　「いやいや、お蔭で早起きの習慣がついたよ。それに駅の階段の上り下りが私の運動になる。運動不足も解消できるよ。それに新しい大学は女子大だよ。若くてピチピチしたお嬢さんに囲まれているんだよ。お蔭で私は足取りが軽いよ」

とおっしゃいました。そう言われて、私は羨ましくも感じたことでした。これも「観」の問題です。

　島田良吉先生も、千葉大附属小でお世話になった校長先生です。島田先生は、

　「教育の目的は、良い人生観を子どもに持たせることだ」

と喝破されました。この言葉はすばらしい言葉だと思います。良い人生観の持ち主は必ず幸福になります。人生観が歪んで濁っていれば、良い生活を送れるわけもなく、良い教師になどなれっこありません。自らの「観」を磨く、人生観を磨く、教育観を磨く、世界観を磨くということは非常に大事なことです。

　一概には言えませんが、教職員組合が少しでも早く家に帰れるように労働時間を縮め、休憩時間を勤務時間の最後に組み込むなどして、そそくさと学校を出ても咎められないようにするなどというのはおよそ貧しい「観」であります。そのようにして教師人生を送っても、何の楽しみがあるのだろうと、私は憤りよりもむしろ憐れみを感じます。家に帰る間も惜しいと思うほど自分の仕事に惚れ込み、のめり込んでこそ、教師人生は充実していくものです。そういう健全な、明るい「観」を持った教師に受け持たれる子どもは間違いなく幸せです。

④異に学ぶ

　四つめは「異に学ぶ」ということです。私たちは同じものは好み、引き寄せますが、異なるものは排斥しようとします。目に見えないような小さなとげが刺さっても、必死に探して抜き取ります。「異に学ぶ、異を受け入れる」というのは、実はなかなか難しいものです。教師は教師とだけ付き合います。結婚も教師同士というのが断然多いです。それを責めるつもりなど毛頭ありませんが、教師は努めて視野を広げるように、様々な人と付き合うべきだと思います。「学校の常識は世間の非常識」などと揶揄されることがありますが、ある面で私には頷ける節があります。

　私の家は農家もしていますので、私は農業の実行組合の役員もやりますし、田舎の消防団の団員になったこともあります。現在は社会教育団体の「モラロジー教育研究所」に属して三十年以上経ちます。この「モラロジー教育研究所」に属している教師は極めて少ないのです。この団体に属して様々な勉強会に出てみますと、教師以外にもこんなにたくさんの方々が真剣に教育を考え、社会をよりよくしていこうと努力しているのだということがよく分かり、感動します。教師だけが教育を考えているなどという考えは大変な思い上がりです。

　私は十年程かけて、様々な房総の職人さんをお尋ねしたことがあります。ある和菓子職人の方から、すばらしいお話を伺いました。

　その職人さんは中卒の方です。高等学校に行きたいと考えて、夜間部に行かせてくれるという約束であんこ屋さんに就職したのですが、多忙なために、結局進学は叶えられませんでした。「それならば菓子職人として身を立てよう」と一念発起して修業し、今では立派な和菓子屋さんとしてのれんを張っています。

　この職人さんは精魂込めて良い菓子を作り、決して機械に頼って量産しないために、朝十時過ぎにはもう、品切れになってしまうほどの評判をとりました。今では千葉市でたいそう有名な和菓子屋さんです。

　その職人さんがこんなことをおっしゃいました。

　「論語に『衣食足って礼節を知る』という言葉があるそうですが、それは間違いだと思います。私は反対に『礼節を知れば衣食足る』だと思います。一生懸命良いものを作ってお客さんに喜んで戴ければ、私たちが着たり食べたりするぐらいのお金は、お客さんから十分に戴けるものですよ」―と。

私はこの言葉をたいそう重く受け止めました。何とすばらしい学びでしょうか。今や私たちの身の回りでは、衣食足り過ぎて、有り余っています。しかし残念ながら、道徳は乱れ切っています。この和菓子職人さんの言葉に私は真実を見る思いがします。「異に学ぶ」ことのすばらしさを私は実感しています。

⑤仲間を選ぶ

　五つめは「仲間を選ぶ」ということです。これは申し上げるまでもありません。「朱に交われば赤くなる」という言葉があるように、くだらない仲間と付き合えば、教員人生のすべてが汚れてしまいます。勉強をする者、真面目な者、そして教育に情熱を注ぎ、常に謙虚に自分を磨くような者を友達にし、仲間にすれば、自ずと自分も伸びていくことができます。

　私は自分自身、不甲斐なく怠け者であることをよく知っていますので、努めて優れた仲間を選び、そういう人たちと付き合ってきました。純粋な自律がしっかりできないので、他人の力を借りて、自らを律しています。これを私は「他律的自律」と呼んでいます。これこそ私を支えてきた生き方であり、それはたくさんのすばらしい仲間、優れた先生のお蔭様です。

　みなさん、大変熱心に聴いてくださって有り難うございました。私が申し上げてきた五つの修養の内容、①あこがれを持つ②ほんを読む③かんを磨く④いに学ぶ⑤なかまを選ぶ、最初の文字を並べると「あほかいな」ということになります。教育を考える場合には、目を吊り上げて考えるのではなく、肩の力を抜いて、気楽に考えることが大事だろうと思います。その方が視野が広がります。

　北海道での五年間の生活は、私にとってこの上なく贅沢で、幸せな時間でした。どうも有り難うございました。

　ご清聴戴きまして、本当に有り難うございました。（拍手）

＜参照文献＞

『授業の話術を鍛える』（明治図書）　Ⅷ話術の貧困の自覚と反省を（二、教師の話術の一般病理）

『フーちゃんがんばれ』（明治図書）　百発百中でこそ技術

『音声言語の学力形成技法』（明治図書）　Ⅱ心を育てる話し方の指導（校長としての役割の自覚）

『名人への道』（日本書籍）　１、出合い（「技術は、百発百中でなくては―」）　ほか

文責　北海道教育大学教育学部函館校

　　　教育学専攻　４年　　近藤　章　